和歌のカテゴリー
『源氏物語 あさきゆめみし』では、たくさんの歌が出てきます。平安貴族に和歌は言葉の一部。幼き頃から教養として和歌や漢詩や物語に接し、決まった文字数や枕詞、掛詞、季語やら昔物語やら・・・それらを踏まえた上で歌を作り出します。
そのやりとりに時間がかかりすぎてはいけません。知的な女性なら、すぐに返歌しなければならないのです。主人が答えられなかったり、答えたくなければ、脇にいる女房達がサポートします。
その人の知性や教養がすぐにわかってしまうので、上流階級の娘達は必死に勉強していたのでしょう。当時の貴族達は、娘の知性と教養を深める為に、才女を競って家庭教師にしていたようです。清少納言は一条天皇の皇后定子に、紫式部は中宮彰子(しょうし)に、その教養深い素晴らしい知性を認められて仕えていました。紫式部の『紫式部日記』には当時の才女達に関する手厳しい批評があったりするので、宮廷行事やその作法などに興味がある方は、ぜひ読んでみてはいかが?
光源氏は、幼き頃より文武共に他の者よりも優れていて、屋敷は雅風流で溢れていました。
そのきらびやかな世界で贈答される和歌は、言葉とは裏の意味があったり、たくさんの草花が出てきたり、その歌だけでその人の気持ちや状況がわかってしまうので、結構面白い。
このカテゴリーでは、『源氏物語 あさきゆめみし』でやりとりされるそれらの和歌を取り上げてみました。これからも少しずつ記事を増やしていきますので、どうぞよろしくお願いします。
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和歌のもくじ
- いぶせくも 心にものを・・・
- おきつ舟 よるべ波路(なみじ)に・・・
- さしかへる 宇治の河をさ・・・
- つれなさは 憂き(うき)世の常に・・・
- なく声も 聞こえぬ虫の・・・
- なつかしき 色ともなしに・・・
- なでしこの とこなつかしき・・・
- よるべなみ 風の騒がす・・・
- 寄りてこそ それかとも見め・・・
- 橋姫の 心をくみて・・・
- 君もさは あはれをかはせ・・・
- 限りとて 忘れがたきを・・・
- 今はとて 宿離れぬとも・・・
- 山賎(やまがつ)の 垣ほに生ひし・・・
- 心あてに それかとぞ見る・・・
- 身はかくて さすらへぬとも・・・
- 声はせで 身をのみ焦がす・・・
- 入日さす 峰にたなびく・・・
- 恋ひわたる 身はそれなれど・・・
いぶせくも 心にものを・・・
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明石の入道から娘(のちの明石の君)のことを聞いた光源氏が、娘にあてて2度目の恋文に書いた歌。 |
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容姿端麗な夕霧を見た近江の君が、御簾にはりつきながら詠んだ恋の歌。 |
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宇治での生活の淋しさを同情した薫の歌に、大君がすばやく返歌したもの。 |
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夕霧の結婚話があるという噂を、雲居の雁が内大臣から聞いた頃、夕霧から彼女に届いた歌。 |
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蛍の光に照らし出された玉鬘の美しさに、夢中になった蛍兵部卿の宮が玉鬘に語りかけた恋の歌。 |
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常陸(ひたち)の宮の姫(末摘花)が送ってきた正月用の衣装を、光源氏が受け取り、命婦の前で詠んだ歌。 |
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光源氏が和琴を前に、玉鬘と玉鬘の父である内大臣(もと頭の中将)を引き合わせたいと話し、詠んだ歌。 |
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私と恋をしませんかと積極的に問いかけた近江の君に、夕霧が返歌したもの。 |
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夕顔の君がよこした扇に書かれた歌に、光源氏が返歌したもの。 |
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弁の君より自分の出生を聞いた薫。宇治を立ち去る前に、大君に送った歌。 |
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宿下がりした梅壺女御(のちの秋好中宮)に春と秋どちらが好きかと問いかけた光源氏。秋を選んだ梅壺女御に、 抑えきれない恋心を光源氏が歌ったもの。 |
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結婚話があるという素振りを少しも見せない夕霧に、悲しみにくれながら雲居の雁が送った返歌。 |
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ひげ黒の右大将の娘(真木柱)が離別する髭黒の北の方と共に屋敷を去る際に、泣きながら紙に書き、 柱のすき間に埋めた歌。 |
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光源氏が内大臣(もと頭の中将)に玉鬘を引き合わせたいと詠んだものに、玉鬘が返歌したもの。 |
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夕顔を一枝もらった光源氏に、夕顔の君が扇に書いて送った歌。 |
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須磨へと旅立つ光源氏が、帥の宮と頭の君に会う為に着替えた時に、自分のやつれた姿を鏡に見ながら詠んだ歌。 |
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蛍によって姿を見られた玉鬘が、恋心を歌った蛍兵部卿の宮に返歌したもの。 |
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亡くなった藤壺の宮を想い、悲しみにくれながら光源氏が詠んだ歌。 |
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光源氏が詠んだこの歌より、亡き夕顔の娘の藤原の瑠璃君は「玉鬘」と名付けられた。 |
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